病室でのオリンピックと『インパラの朝』

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 病室で様々な手続きを終えたあと、ふとスマホをみたらオリンピックに出場する日本選手の情報が流れていた。相当な練習量からして、もしかしたら一般的な緊張というものは無いかもしれないが(いつかGACKTさんも、200%の練習をしているから本番は緊張しないと言っていた。)、選手の方々の緊張感を勝手に想像し、明日の手術への自分の緊張を同調させようとしていた。緊張するメンバーが増えたところでどうすることもできないのだが、一人ではないという安心感に包まれたかったのだと思う。息子の緊張感も時間とともに高まっていったが、友達からもらった手紙をお守りのようにそばに置き、そこから安心感を得ていたようだ。

 手術当日。あっという間にその時間はやってきた。たくさんの専門職の方々が説明をしてくださり、また手術室ではあたたかく出迎えてくださった。そのスタッフさんの中には私の友人もいて、何より私を安心させてくれた。それぞれの知識を持った専門職の方々は素晴らしいチームで、ここでもなぜかオリンピックがよぎった。同じ目的、目標をもってそれぞれの知識や力を出し切る。どの分野でも、プロのチームは美しい。

 無事手術を終え病室に戻ると、息子は再び眠りについたのでテレビをつけてみた。フィギュアスケートの男子シングル、フリーの演技が始まっていた。しかも次が羽生選手というナイスタイミング!彼の表現力は本当に素晴らしかった。表情に隙がない。美しいなあとほれぼれしていたら突然息子が目を覚まし、ダウンロードしていたスポンジボブが見たいと、イヤホンを奪われた。そこからは無音のオリンピック。ネイサン・チェン選手の楽しそうな表情を見るたび、イヤホンを2個持ってこなかったことを悔やんだ。

 今回の入院付き添いのお供に何冊か本を持ってきたのだが、その中の1冊が、『インパラの朝』だ。以前読んだ『食べる。』という本が大好きになり、作者の中村安希さんの本を買い集めていた。世界中を旅してきた中村さんならではの視点で書かれた”世界のリアル”は、時に楽しく、時にショッキングだった。メディアでは語られない、ユーラシア・アフリカ大陸に住む人達の本当の姿を、本を通して教えてくださっている。読み進める中で、現地の方々のあたたかな振る舞いに胸をうたれる一方、先進国による自国のアピールを伴った過剰な支援が途上国の人々の自発性を失わせ、リサイクルという名目で送られる先進国の古い車は途上国の大気を汚染させているという事実に改めて落胆した。ただ、『アジアもアフリカもお米を食べるからお隣同士』というセネガルの子どもたちの発言にはハッとした。世界地図にある国の分け方が全てではない。オリンピックに出場している選手の方々もそうなのではないだろうか。純粋に同じ競技でトップを目指す者同士、地理的に遠く離れていても、きっとお隣さん同志。
 全く違う病気でも同じように戦っている子どもたちもまた、よき“お隣さん“同志なのかな、と感じる。胸の中で「頑張れー子どもたちーー!!!」と叫んだ病室での午後。


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